LOGIN思念品はリュークとルリアンに任せ、それ以外には特に何事もなく、五月下旬となった。 ルリアンに聞いて全ての思念を把握しているリュークから、ポチの部屋に俺は近づかない方がいいと言われたことが、少し気になってはいる。でも、実際には何も起こっていないわけだし、深く考えないことにした。女性陣は色々と持ち込んでメルヘンな部屋になっているらしい。 絶対に何か起こる気がするとトラが言っていたし、嵐の前の静けさのような気もするが……。 パトロール隊へのささいな要望や事件はぽつぽつあった。魔法理論の講義を応用した生徒同士の悪戯で影がおかしなダンスをするようになり生徒が駆け込んできたり、教科書を枕にしたら首が痛いと泣きついてくる生徒までいた。そっちは魔法関係ないだろうと言いたいが、ルリアンが治癒魔法で回復させていた。 いずれもその日のうちに解決だ。主に、先生に言うのが恥ずかしい話が持ち込まれる。ほとんどルリアン一人で解決してしまうのが、さすがというべきか……。 生徒のおふざけには相変わらずペンデュラムが反応し、全員で出動している。 内容はいかにも学生だなぁと微笑ましい。もしかすると、前世の俺にニコラの記憶がプラスされて、俺の精神年齢はそこそこ上に達しているのかもしれない。「――と思うんだけど、ラビッツ」「やらしい発言が多々見られるし、どうかしらね」「仕方ないだろう。女の子と付き合ったことは一度もないんだぞ!?」「……そう、可哀想ね」 なんで睨むんだ! 「もしかしてラビッツには……恋人がいたとか?」「いないわよ」「やったー!!!」「両手をあげて喜んでいる時点で、精神年齢は幼いわね」「嬉しいんだよ!」 ということは、もしかして俺が初恋人とか初キスとか初デートの相手になるかもしれないのか!?「やったー!!!」「しつこいってば」「ラビッツ! 俺とキスしてください!」 ――スパーン!「しないわよ!」 また扇子が飛んできた。 「なんで……」 最近はいい雰囲気になることもあるじゃないか。ツンデレは好きだけど、好きだけど……!「〜〜〜っ。い、言ったじゃない。ムードを考えなさいって。ムードづくりよ。た、例えば、その、ほら、い、一応私たちも婚約者同士なわけだし? あるでしょ。必要な、ね。えっと。まずは舞台というか、デ、デ……だから、ほら、あの……」
「これは……」 リュークが自ら持ってきた箱を置いて、ゴクリと喉を鳴らす。「ヤバイ予感はしていたが……」「運んでくれてありがとな、お疲れ様」 労いを込めてガシッとリュークの肩に手を添えた。「疲れるのは、これからだろう」「うぅぅ。怖すぎるな……」 パトロール隊への要望ボックスが置いてある机の下に、なぜか箱が置いてあった。要望書を確認して、リュークが旧校舎へ運んでくれた。要望書に書いてあった内容は――、『思念品が家に大量にあります。亡くなった祖父がおかしなものを集めるのが趣味だったのですが、量が多く処分に困っているので、なんとかしてください。こちらは一部です。浄聖師に断られた品もあります』 ここは、意思の力で魔法が発動する世界。思念が残ることもあり、呪われのなんとかみたいなのも前世より多いし眉唾ものでもない。前世ならポルターガイストかと思われる現象も、ここでは「そんなこともあるよね」で終わってしまう。 しかし、これは量が多すぎるし集まりすぎている。この箱からおかしな気配がグワングワンと漂っている。「……私は、何もできないと思う」 ベル子はそうだよな。浄化は特殊魔法だ。むしろ使えない人のが多い。日本でいうところのお清めの塩くらいの浄化はできても、思念を祓うことは難しい。「埋めたくなるわね」「地上が見つからないくらいに、地中深く埋めちゃうにゃん〜」「うちの領地の浄聖師に分配してもよろしくてよ」「い、いやいや、オリヴィア嬢の気持ちはありがたいが、最初から諦めるのもな」 こういったものは教会の浄聖師に任せるのが一般的ではあるものの、それなりの寄付金は必要だ。ゴミとして処理しようにも思念だけで形を保っているので処分できず、持ち主の元へそのうち戻ってしまう。それに……。「浄聖師さんに断られる理由が分かりました」 思念を感じ取ることができるのは、この中でルリアンだけだ。「おおまかにしか分かりませんが、リストにしますね」 皆でルリアンの書く内容を見つめる。「踊るくま人形」 夜中に踊り出すぬいぐるみ。ダンスが好きだった少女の「もっと踊りたかった」という思念が宿り夜中に踊る。両親の離婚により習い事の継続が不可能になったようだ。「夢を映す鏡」 触ると夜に見た夢が映る。「さっき見た夢を思い出したい」という思念が宿る。誰も触らない場合、夜中0時に
「お二人とも、同時でしたねっ!」 今日は交流会の翌日、ベル子ちゃんとラビちゃんが部屋へ遊びに来てくれました。ラビさんのことはラビちゃんと呼んではいるものの……高貴なお方の空気を感じて、心の中ではたまにラビさんと呼んでしまうこともあります。「……お邪魔します」「邪魔するわね」「はい、どうぞ中へお入りください。ちょうど紅茶を入れたところなんです」「いい香りね」「はい、お気に入りのローズティーです。お口に合うかは分かりませんが……」「ありがとう」 日差しがやわらかく差し込む部屋の中で、ティーテーブルには三つのカップと、手作りのクッキーを並べた小さなガラス皿。 うん! ちゃんと女子会してますよね!「このテーブルクロスも可愛いわね。さすがルリルリ」 「えへへ。お店で見つけて一目惚れしちゃって」「ルリルリの部屋……全部、可愛い」「ほんとよね」 今までは学校が終わるとすぐに家に帰らなければならず、家庭教師だったり習い事だったりと大忙しでした。 女子会なるものが流行っていることは知っていましたが、これが初めてです! 皆で「いただきます」とクッキーを食べて美味しいねと笑い合ったりラビちゃんが「私の釘が打てそうなクッキーとは大違いね」と少し落ち込んでいるのを慰めたりと時間が過ぎていきます。「それで本題。昨日はどうなったの」 ベル子ちゃんがいきなり切り込みましたよ!?「それが……全然ダメだったの」 ラビちゃんが顔を覆って落ち込んでいます。たまに、こうなっちゃうんですよね。……ニコラさんの前では強がっていますが。「進展なし?」 ベル子ちゃん、容赦なしです!「可愛げがなさすぎて自分にガッカリする……。で、でもね、ニコラだって悪いのよ!」「うん、分かる。ニコラさん、鈍そうな気がする」 だからベル子ちゃーん!「た、確かに鈍いけど! でもほら、ああ見えてえっと……か、顔とか可愛い系でしょ?」 フォローに入りましたね!「はい、可愛い系だと思います」 王子様の見た目に対して、この返答でよかったんでしょうか。「それに、たまには……か、かっこいいところもあるわよね」「はい、ニコラさんの采配にすごいなと思ったことも何度もあります」「そうよね、頼りがいがあるところだってあるし、たまには私だってドキドキしたり……おかしくないわよね?」「はい、
「……そうなの。この世界の最果ては旧校舎だったのね」「悪い、アレは勢いで言った」「分かってるわよ」 つい、馴染みのある旧校舎に来てしまった。まだ春だというのに汗がポタポタとたれる。さすがに冷静になってきた。「もう降ろして」「痛いんだろ?」 どうして俺はここに来たんだ。「少し休んだらよくなったわ」「また歩いたら痛くなるだろう。寮まで引き返すか」「……ごめん、本当はそんなに痛くないの」「え?」「少し二人で話したくて」 俺と二人きりになりたかった!? いやいや、まだ分からない。前世では俺の母親もヒールは足が痛くなると言っていた。無理している可能性は高い。「もうっ、降ろしてってば」「痛かったらすぐ言えよ」 パタパタと軽く暴れるので、そっと降ろした。「腕、大丈夫なの? すごく汗かいてるけど」「明日には筋肉痛になる自信はある」「……無理しちゃって」「楽しかったからいいんだ」「そう。それなら……、ほら。エスコートくらいしなさいよ」 ラビッツが少しむくれた顔で、手をひらひらさせた。腕を差し出すと、スッとのせてくれた。「今日はサービスがいいな」「ドレスを着る機会なんて、あんまりないもの。あんたも……王子様らしい服だし」「だよな。ラビッツのドレス姿、想像以上に綺麗で可愛いなー」「そう思うなら、記憶に刻んでおきなさいよねっ」「もちろん」 ラビッツはほんのり頬を染めながら、照れ隠しにか睨んでくる。でも、口元は少し緩んでいる。「足が大丈夫なら……屋上とかどうかな」「あ、行ってみたいかも」「やっぱり運ぼうか?」「いらないわ。エスコートだけしなさいよ」 ――ラビッツに、好かれている。 ツンツンしていても好意が伝わってくる。それだけは、勘違いじゃないよな?「今さ、俺……甘い空気を感じてるんだけど」「そう。よかったわね」「ラビッツも感じてるか?」「そんなの、教えてあげるわけないでしょ!」 ちらりとこちらを見てはすぐ視線を逸らす。その仕草にドキドキしっぱなしだ。ツンとした態度の裏にデレがこぼれる──ツンデレは最高だと叫びたくなる。「そういえば、あんたって陰キャなのよね」「ぐはっ!」 突然の大ダメージだ。「たまにそれを感じる時があるわ」「が、頑張って王子、やってるのに……」 いきなりなんでそんな話になるんだ。「
「本日は待ちに待った交流会当日です! 学年の垣根を超えて――」 生徒会長の挨拶で立食会が始まった。こんな時は生徒会が挨拶なりなんなりを行う。 漫画なんかだと、生徒会には華やかなメンバーがいたりするものの、このゲームではパトロール隊が主役だったからな。生徒会は地味な扱いだった。 そして、生徒会と俺たちパトロール隊がゲームの中で絡むのは、後半だ。 ――その時が来るのは、少し怖い。 相談事をされるだけだけどな。どうして名簿にあの女の子がいないのか……と。「では、ファーストダンスをニコラ様とラビッツ様に踊っていただきましょう」 事前に聞いていた通りのタイミングで、促される。生徒たちの視線が集まる。 ラビッツは、いつもと違ってドレス姿だ。真紅のドレスは鮮やかで目を奪われる。ウエストから流れるラインはなめらかで、歩くたびにシルクシフォンのアクセントが淡く光を纏いながらふわりと舞う。胸元には翡翠のブローチが輝き、レッドブラウンの髪はハーフアップに結われて波打つ。 ……正直、見惚れてしまう。「変な顔してどうしたの」「綺麗だなって」「……さっきも聞いたから、このタイミングで言わないで」 そう睨まれてもな。会場に入ってから、つい何度も言ってしまう。それしか考えられなくなるんだよな。 俺たちが手を重ねるのを合図に、曲が始まった。合わせて、会場の中心へと踏み出す。腰に手を添え、生徒たちの視線を受けながら優雅にステップを踏む。「……ニコラ」 小さく名を呼ばれて、目が合う。「ん?」「私……ちゃんと、踊れてるわよね」「ああ、踊りやすい。息がぴったりだよな。練習のお陰かもしれないけど、お似合いのカップルだ」「まったく、あんたは……。でも、私もそう思う」「お似合いのカップルって?」「踊りやすいって!」 互いに緊張がほどけて、足の運びがよりスムーズになる。一曲目が終わり、生徒会長がまた挨拶をした。「お二人のダンス、まさに夢のようでしたね! 続けてダンスは会場中央付近でのみ、皆さんもご自由にご参加ください。本日の立食交流会を、どうぞお楽しみください」 生徒会長の挨拶が拍手で包まれると、立食会の空気は一層華やかさを増した。貴族の生徒たちはペアを組んで優雅に踊り始める者もいれば、バイキングの料理へと足を運ぶ者もいる。会場の中央を囲うように職員によってロープ
そうして五月になり、交流立食会の日が目前となった。少しずつ生徒同士の関わりが生まれる中で、これを機会にもっと仲よくなっちゃおうよという学園の計らいだろう。 この世界にゴールデンウィークはないものの、学園では前後含めて三日間お休みとなる。交流会も自由参加だ。入学前にも案内があったので、既によそ行きの服を持ってきている生徒は多い。更衣室も用意され、一人では着られない服もあるだろうと職員も何人か常駐してくれる。 早朝に自分のメイドを寮に呼び寄せてもよく、ラビッツはそうすることだろう。俺も侍従が朝からやってくる。貴族も多く通うことから許可証持参で使用人が来ることも多いものの、決まった時間外はこういった特別な行事の時に限られる。 そして、今日は交流会前日。 ラビッツと二人きりで旧校舎のいつもとは違う部屋にいる。アーチを描いた曇りガラスによって外から中は見えない。この校舎が使用されていた時に、高貴な身分の客を招く場所だったのかもしれないし、特別な授業用だったのかもしれない。 ――この場所を聞いた時の顧問との会話を思い出す。『こもーん! 内緒の話がしたいんだけど、こもーん!』 旧校舎三階の適当な教室に入って呼んだ。当たり前のようにガチャリと扉が開けられる。『お前なぁ……』『ラビッツとしたいことがあるんだけど、いい部屋ある?』 教えてもらったあとに、この世界のことも軽く聞いた。『顧問は俺のこと、どこまで知ってるんだ?』『それは、こっちの台詞だ』『顧問の事情も前の世界と変わらないのか? 結果も過程も?』 カマをかけた。 人ではない、顧問。 全てを把握してるんじゃないかって。『……ふむ。お前たちは俺とよく似た存在になった』『…………』『お前たち二人と一匹からは……いや、なんでもない。楽しめ、若人よ。楽しんだ先でしか見えない景色がある。はっはっは。俺から言えるのはそれだけだ。健闘を祈る!』 この世界のネタバレをする気はないらしく、すぐに立ち去った。ゲームと同じではないことと、顧問がそれを把握しているだろうことも確信した。 ――今は、ラビッツと二人きり。 曇りガラスから外光がやさしく射し込んでいる。制服のジャケットを脱いでワンピース姿になったラビッツは、専用の靴を履いて背筋を伸ばし凛と立っていて――、この空間を静謐な聖域のように感じさせる。







